心海の砂煙

もう1個のほうが使えない時用

瞳の魔法

「好きやなあ、あの人のこと」
窓の外に見える彼を見つめていると、不意に声をかけられた。
目をやればそこに映るのは、黒くて長い不衛生な爪にカツカツと品無く鳴らされる杖。そして足まであるボサボサの髪に何より特徴的な真っ黒な目隠し。
「占ってあげよかあ?当たるねんで?」
笑みを浮かべる口元は胡散臭くて、落ちこぼれでもあの人と似て、魔力の多いこいつのことを僕はあまり好かない。
「何が目的なのかな」
睨んでみても相手は何も見えていない。僕の行動が無効化されるようで腹が立つ。
「せやなあ、強いて言うなら俺、君のお兄さんと仲ええねんわあ」
自分でもわかるくらい露骨に顔が嫌がる。兄、あの人のことを話題に出していいなんて、いつ僕が言ったことか。
「ああいやな?別に君の恋路を邪魔しようってわけちゃうねんで?でもなあ…その瞳魔法で略奪愛っていうのは」
布の奥で、彼は目を細めたようなそんな気がした。
「気に入らへんなあ。ジェラルドくん。」
塔のカードを見せつける彼。
ああ。愚か者め。

ガッとそいつの瞼を引っ掻いて目を隠す布を掴む
「誰が占って欲しいって言った?余計なお世話なんだよ、愚民が。略奪愛だと?違うね。」
体中を魔法の力が駆け巡っていき、やがてその力は瞳に収集され赤く光らせる。
「あの子はなるべくして僕のものになるんだ。お前のそんなくだらない占いの結果なんて関係ないんだよ!」
布を引きちぎって、僕は彼に命じる。
「"俺"に従え。お前…僕に指図する、な」
布の破片と、その前髪の下から現れる、黒い、黒い、黒い…黒い、瞳。
目が合った瞬間にそれはぐるぐると周りだし、深い沼にずるずると引っ張られていく。
数多の負の感情が流れ込み、吐き気を催す。冷や汗がでて眩暈がする。
「…っ、あ、…!?」
そいつの体から離れ、思わず腰を落とす。
離れてからもずっと症状が止まない。
「あーあ…ごめんなあ言っとくべきやった?でも今のは君が悪いわあ。」
驚いた声のそいつが僕の前まで歩み寄ってくる。
「俺の目なあ、きかんやろ?なんでかってそら…もうかかっとるからやわあ。呪い、枷の魔法がなあ。」
ゆっくりと僕の正面でしゃがみ、僕の頭に手を置く。
「怖かったやろ、俺の中に入ろうとするからやでえ?でも驚いたわ」
荒々しく髪を掴み、ぐっと上を向かされ、またその瞳が目に入る。
「アンタの目、全っ然怖ないわあ。…空っぽやねんなあ。」
同情を含んだ笑が、僕に向けられる。
やめろ、まるで、僕が惨めなようじゃないか。
声は出なかった。
「ま、視線が怖くなかったことに対する感謝としていきなり布破ったんは許すわあ」
言うだけ言ってそいつは立ち去ってしまった。
後からハッとして窓の外を見ても、彼はもう居なかった。
「…散々な日だ」
僕は明日も、彼を想う。