心海の砂煙

もう1個のほうが使えない時用

体温37℃の甘え方

「薬飲まなきゃ治らないぞ!」
「君がいる限りうるさくて薬どころじゃないよ」
「飲みたくないだけだろ…」
ごもっとも。だって僕は薬の苦さが嫌いなのだ。トマトに次いで人生の敵だと言っても良い。
体温計は37℃を指したまま。季節の変わり目は良くない、こうやって風邪をひくからである。


「けほっ、けほっ…」
ぼんやりした頭が僕の世話をしてくれてる彼の気配を察知する。
ちょっと咳をするとすぐ心配そうにするのだ。
確かお母さんもそうだったな、なんて少し昔のことを思い出す。
「…まだ食欲ないのか?」
そわそわとこちらを伺ってくる様子は、こんな状況だけれど少し面白かった。
それにしても質問が少しおかしいだろう、咳き込んだ病人に聞くことか?
それは調子が回復してきた病人に言う言葉だ。
「いらないよ、まだなんにも。」
そう返すとそうか、と少ししょんぼりした。
「…ふふ、」
バレないようにちょっと笑えば、風をこじらせた喉が少し痛みを訴えるのだった。

「ところで薬は」
「うるさい」
「ちゃんと飲めよ!?」


「風兎?寝るのか?」
「んん…」
重いまぶたの向こうから彼が話しかけてくる。
意識がぼんやりとしてきて、睡魔が襲ってきていることを認知する。
「じゃあ俺いてもあれだしちょっと出るぞ!」
おやすみ、と僕の頭をぽんぽんとして彼の手が離れようとする。
白いブレザーを着た背中。
行ってしまう。

「…いで。」
「!」
殆ど寝たまま、条件反射的に彼の服の裾を力なく掴んでいた。
決して掴みたかったわけじゃないんだ、わかって。僕は寝ぼけてたんだ。
「…いかないで、そういちろう、」
彼がベッドの側にしゃがんでくれて、また頭を撫でてくれたのが最後の意識。
あとから思い出せば相当恥ずかしいことをしてた自覚はあるんだけど、それでも言ってよかったと思う。
だって独りでいる部屋は嫌いなんだ。